2009年11月12日

船と水車

『中世ヨーロッパを生きる』という本を読んでいたのですよ。
 13名の執筆者による文化史の入門書です。
 それぞれ面白かったのですが、堀越宏一さんの「水車は領主のものか?」で、「水車と挽き臼を船に載せてしまう船水車」という物があった事をはじめて知りました。大きな川でしか使えなかったようですが、渇水や増水の時に、水輪に水が届かない、水輪が水没するという問題を解決するすぐれたアイディアですね。
 残念ながら、図はなかったので見た目は分からないのですが、外輪船みたいな姿をしていたのでしょうか?

 調べてみると、日本にも「船車」という同様の構造の水車が存在したようですね。

参考:国土交通省荒川上流河川事務所

 ちなみに、記録上最古の外輪船は、紀元前1世紀古代ローマの建築家ウィトルウィウスが設計した物だと言われています。これは人力ないし牛の力で動かしていたようです。『ニーダム・コレクション』「科学の単一性」には紀元五世紀中国の「千里船」、八世紀の「踏み車で動かす二つの車輪をつけ」た軍艦の存在へ言及しています。

 外輪船が先なのか、船水車が先なのか、あるいはまったく別口での発明なのか、興味は尽きません。
posted by いさな at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | PLの日々の思考の断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月18日

タイタン

 そういえば。
 なんで、新潮文庫の「シェイクスピアの本」は、『ロミオとジュリエット』だけ、福田恆存さんじゃなくて中野好夫さんの訳が使われているのだろうか。
 いや、ふと、気になって。

 前の記事で、タイテーニア(福田さんの訳だと、タイターニア)がどうこうと書いた事から思い出したんだと思います。
 シェイクスピアは、昔から色々な人が翻訳して、色々な出版社から出てますが、現行の新潮文庫版は、表紙が浅野勝美さんの銅版画で統一されていて、とても善いです。
 十二冊合わせても、六千円くらいですから、ジャケ買いする呪いを読んでくれた人に送っちゃう(やめなさい)。


 なお、ゲームや漫画だと、ティターニア(ティタニア)の表記が一般的かもしれません。
 これは英語風に表記するか、ローマ字式に日本語に転写するかの違いだと思われます。タイテーニアム/チタニウムのそれですね。

 あるいは、舞台がアテネだから、ギリシア風に読んでるのかもしれません(ちょっと分かりません)。

 この場合は、タイタン/ティターンですね。
 やっぱり、こっちが近いかもしれませんね。
posted by いさな at 14:46| Comment(0) | TrackBack(0) | PLの日々の思考の断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月06日

シーボルト

 先日、このような本を買いました。

シーボルト 日本植物誌(大場秀章 監修・解説)

 ちくま学芸文庫の一冊です。
 原書の翻訳ではなく、原書に収録されていた全151図版を縮小収録の上、大場さんが現代の知識に照らして解説を行われた『現代の植物誌』となっています。
 ああ、でも、収録されている図版の一々が、なんて綺麗なんでしょう。
 カラー写真でも何でも検索すれば幾らでも見ることができる現代日本人の私が、これほど感動するのですから、当時のヨーロッパ人が受けた衝撃と熱狂はどれほどの物があったのでしょうか。



 ところで、シーボルト。
 名前は当然、知っています。むしろ、日本人でシーボルトの名を聞いたことがない人の方が少数派でしょう。ですが、何をした人かと聞くと、途端にしどろもどろになる。
 オランダ商館の医者、山オランダ人(笑)、シーボルト事件という断片的な物ではないでしょうか。まあ、これはシーボルトに限った事ではなく、歴史の教科書に載っている偉人というのは名前だけは記憶に残っているが、その業績までは案外、覚えていない(あるいは教わらない)ものです。

 私も、多分にもれずそう詳しいわけではないのですが、この本で事前知識として語られたシーボルトの来し方に感銘を受けました。

 かいつまんで述べると、当時、オランダは、ヨーロッパの国としては唯一、日本と交渉を持ってきたにも関わらず「ヨーロッパは日本についての知識に関して、オランダ国民に何ら負う所がない」と「経済活動一点張りで、文明的には二等国である」と英仏をはじめとする諸国に馬鹿にされていたらしいです。
 そんなこと言われると悔しいですよね。
 だから、オランダ政府は考えました。他国を見返してやるのだ。それには日本に関する総合的情報、博物学的知見を早急に、それも体系的に得なければならないと。
 そこで白羽の矢が立ったのが、シーボルトでした。そして、彼の業績は、当然、彼個人の資質と情熱の賜物ではありますが、それもオランダという国、長崎商館という後ろ盾があったからこそ成立した国家事業でもあったのです。

 シーボルトは、長崎に診療所を兼ねる蘭学塾「鳴滝塾」を建てましたが、そこには代々の商館長が培った人脈と政治的手腕があったようです。
 そこで講義はオランダ語で行われたようです。シーボルトがオランダ人(という触れ込みのドイツ人)であり、蘭学の学問語がオランダ語である為に当然であり、生徒の方がはっきりいってシーボルトよりオランダ語が上手かったりするので問題がなかったようですが、それには隠された目的がありました。
 そして、その目的に私は大変、感動しました。
 シーボルト来日の目的が、総合的な日本の情報を得ることであるのは先ほど述べた通りです。ならば、どうすれば良いのか、彼らは考え抜いたのです。そして、こう結論付けました。「日本人自身に書いて報告させれば良い(それもオランダ語で書いてもらえば万々歳だ)」と。
 現在でも、博士論文や卒業論文ってありますよね。それをシーボルトは塾生に書かせたのです。オランダ語で。おまけに、シーボルトの帰国後も、それはオランダ商館経由で送られたようです(少なくとも、そういう約束がなされた)。
 鳴滝塾で学んだ人々は、日本各地から集まった当時一流の知識人です。和漢に通じ、オランダ語を自在に使いこなす蘭学者が、先生の期待に応えよう、学位を得ようと本気で取り組んだ論文、標本です。その精度は推して知るべしと言ったところです。

 学位・免状という形で名誉心を刺激しつつ、講義と論文を通して、日本の情報を翻訳を経ずに得るという、考え抜かれた実にスマートなやり方に、本当に感心しました。
posted by いさな at 07:09| Comment(11) | TrackBack(0) | PLの日々の思考の断片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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